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2026年06月05日
No.10005246

情報が溢れる時代に、若者はどんな情報を求めるのか
【毎週金曜日更新】全日本学生遊技連盟・週刊連載コラム㉞

情報が溢れる時代に、若者はどんな情報を求めるのか
全日本学生遊技連盟職員・岸野楽人一番好きな機種は『L革命機ヴァルヴレイヴ』、最近の推し機種は『Lパチスロうみねこのなく頃に2』

最近、パチスロ界隈では有料noteやサブスク型の情報発信を目にする機会が増えた。昔であれば攻略誌や雑誌が担っていた役割を、今では個人の発信者が担っているように感じる。もちろん、こうした情報にお金を払う人は遊技者全体で見れば一部だろう。ライトユーザーというよりは、普段から積極的に情報収集を行うヘビーユーザー寄りの層だと思う。

今回は、そんな「情報にお金を払う若者たち」に少し焦点を当ててみたい。無料で情報が溢れる時代に、なぜ彼らはわざわざお金を払ってまで情報を求めるのだろうか。

情報を得る手段は変わったが、情報を求める理由は変わらない

私自身も、有料noteやサブスク型の情報サービスを利用することがある。理由はシンプルで、得をする可能性が高いからだ。パチスロの情報は、時間が経てば無料で公開されるものも多い。しかし、その頃には多くの人が知っている情報になっている。私が価値を感じるのは、その前段階の情報だ。

まだ多くの人が知らない段階で情報を得て、実際に打ち、検証し、自分の立ち回りに落とし込む。そこにこそ、有料情報の価値があると思っている。特に新台は、導入直後から数週間はどうしても稼働がつく。多くの人が打つからこそ「新鮮な情報」には価値が生まれる。期待値や設定差の特徴などをいち早く知ることで、他の人よりも早く考察を進めることができる。私自身、有料情報を見て実戦し、自分の立ち回りを大きく変えた経験もある。

もちろん、有料情報を買う理由は人によって違うだろう。勝ちたいから買う人もいれば、好きな発信者の考え方を知りたい人もいる。自分の考えが合っているのか答え合わせをしたい人もいると思う。ただ、少なくとも私の場合は根本にあるのは「期待値」だ。情報そのものが欲しいというより、その情報によってどれだけ早く動けるか、どれだけ優位に立てるかを見ている。だからこそ、有料情報は答えを買うものではなく、他の人よりも一歩先に考え始めるための材料だと感じている。

他者より一歩先に考え始めるために有料情報を得る

では、なぜ若者はそこまでして情報を求めるのだろうか。その理由の一つは、間違いなく「時間」だと思う。今のパチスロは非常に複雑だ。機種ごとの内部仕様はもちろん、設定差や期待値、立ち回りなど、考える要素が非常に多い。

さらに、SNSや動画サイトの普及によって、日々膨大な量の情報が発信されている。一見すると、情報が溢れている今の方が情報収集は簡単になったようにも思える。しかし実際にはその逆もある。情報が増えれば増えるほど、すべてを自分で調べ、整理し、検証するには莫大な「時間」が必要になるからだ。例えば期待値に関する情報一つ取っても、自分だけで正確なデータを集めようとすれば膨大な実戦結果と検証が必要になる。もちろん、それを楽しめる人もいると思う。しかし私の場合、そこにかかる時間を短縮できるのであれば、そのためにお金を払う価値は十分にあると感じている。

最近は「タイパ」という言葉をよく耳にする。若者は効率を重視すると言われることも多い。しかし少なくとも私の場合、考える時間まで削りたいわけではない。情報収集にかかる時間を短縮し、その分を実戦や考察に使いたい。いち早く情報を手に入れ、自分なりに検証し、そこから新しい仮説を立てる。そのサイクルをより早く回したいのである。だから私は、有料情報を利用する若者たちは情報そのものを買っているというより、「時間」そのものを買っているのではないかと思う。情報が増えすぎた時代だからこそ、その価値はより大きくなっているように感じる。

情報を集める時間を短縮し、その先の実戦や考察に時間を使う

ただ、ここで一つ面白いことがある。私は有料情報には価値があると思っているし、実際に利用もしている。しかし、それと同時にすべ全ての情報を知りたいわけでもない。もしすべての解析情報が公開され、機種の内部構造が完全に明らかになったらどうだろうか。もちろん、立ち回りという観点で見れば便利になるかもしれない。しかし私は、今より少しつまらなくなる気がしている。なぜなら、そこには考察する余地がなくなるからだ。「この挙動には何か意味があるのではないか」「もしかするとこういう法則があるのではないか」。そんな風に考えながら打つ時間も、パチスロの楽しさの一つだと思う。全部が明らかになれば、それ以上も以下もなくなる。目の前で起きていることと解析情報がすべてになり、自分なりに考える余白が少なくなってしまう。

最近では「デキレ」という言葉を耳にする機会も増えた。情報が増えたことで機種への理解は深まった一方で、以前なら自分の引きとして受け取っていた部分まで内部仕様として捉えられるようになった側面もあるように感じる。もちろん、情報が悪いと言いたいわけではない。むしろ私は情報に価値があると思っているし、これからも活用していくだろう。ただ、情報が増えたことで得られたものがある一方で、失われつつあるものもあるのではないかと思うのだ。

すべての答えが分からないからこそ、自分で確かめたくなる

パチスロに限らず、曖昧さは時に熱狂を生む。私たちは情報を求めている。しかし、本当に求めているのはすべての答えではないのかもしれない。情報が溢れる時代だからこそ、若者は情報を選び、お金を払うようになった。一方で、その情報が面白さにどのような影響を与えているのかについては、まだ考える余地があるようにも感じる。この「正しい情報」「曖昧さがつくる熱狂」の関係については、また次回考えてみたい。

文=岸野楽人(全日本学生遊技連盟)


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