2026年02月20日
No.10005148
No.10005148
若者の入口をどう設計するか
【毎週金曜日更新】全日本学生遊技連盟・週刊連載コラム⑲
僕がパチンコやパチスロに興味を持ったきっかけは、少し特殊だったのかもしれない。近所の友達の家のガレージに初代『パチスロ北斗の拳』が置いてあり、小さい頃から自然とそれに触れる環境があった。リールを回し、ボタンを押すと画面が光る。めちゃくちゃ面白いと理解していたわけではないけれど、子どもながらになんとなく面白いものだという感覚が残った。今思えば、それが自分にとっての最初の入口だったのだと思う。
遊びとして身近にあったからこそ、遊べる年齢になったらホールにも行ってみたいと思えていた。未知の世界へ飛び込むというより、続きを見に行く感覚に近かったのかもしれない。実際に遊べる年齢になり、友人と一緒にホールへ向かった。事前に機械に触れていた経験がある。それだけで心理的な負担はかなり軽くなっていたと、今なら分かる。
多くの若者には、そのきっかけがない。初めて行こうと思ったとき、まず立ちはだかるのは入店への心理的なハードルだ。なんとなく怖い、入りづらい、自分がいていい場所なのか分からない。周囲は慣れた様子の人ばかりに見えて、自分だけが初心者であることを突きつけられているような感覚になる。自分もパチスロに触れた経験があったとはいえ、扉の前ではやはり少し緊張していた。
入店してからも次の壁がある。何をどうすればいいのか分からない。玉はドル箱に入れるものだと思っていたが、今は各台計数機が当たり前で、大当りした玉がどこにどう貯まっているのかが見えにくい。パチスロも機種ごとにルールや演出、期待するポイントが違う。どこを見れば楽しめるのかが分からない。隣の人がなぜ盛り上がっているのかも分からない。何かすごいことが起きているのに、自分だけが置いていかれている。理解が追いつかないまま時間が過ぎると、楽しさよりも合っているのか分からないという不安の方が強くなってしまうのではないだろうか。
新しいユーザーに来てほしい。業界の多くの方がそう願っているはずだし、自分もたくさんの人に触れてもらいたいと思っている。それでも、最初の体験はまだ優しいとは言い切れない。ここにはまだ大きな伸びしろがある。前回のコラムでは、また打ちたいと思える理由は勝ち負けだけではない、と自分の考えを綴った。理解できること、安心できること、そして誰かと感情を共有できること。その瞬間があると、体験は出来事ではなく「楽しかった記憶」に変わる。
では、それをどう生み出すのか。最近、僕自分はこう考えるようになった。楽しい瞬間は偶然ではなく、ある程度準備できるのではないか。
•不安を先に取り除く
•わからないことを減らす
•意味が伝わるきっかけをつくる
•思わず声が出る場面を用意する
その積み重ねで、また来たいと思える環境は設計されている。これはホールだけの話ではない。学生イベントや交流の場をつくってきた中で、人が笑う瞬間には必ず理由があった。自然に見える出来事の裏側には準備や導線がある。
だから今、ひとつの挑戦をしようとしている。入店のハードルを下げ、遊技の難しさをできるだけ取り払う。そしてお金を使うことへの緊張を小さくし、パチンコやパチスロに触れてもらう。勝つことよりも先に、楽しかったという感情が残る形をつくれないか。これまで学遊連の活動の中で、若者がどこで迷い、何がきっかけになり、どんな瞬間が記憶に残るのかを考えてきた。ただ、それが本当に機能するかどうかは、現場でしか分からない。だから、やってみる。うまくいけば新しい入口が見えるかもしれないし、足りない部分が分かれば、そこからまた考え直せる。
次回は、その企画や「PS:JAPAN 2025」を終えて見えたことを書いてみようと思う。
文=岸野楽人(全日本学生遊技連盟)
















